『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか』 おおたとしまさ著

◆東大生の3人に1人、東大医学部にあっては3人に2人が公文式経験者というアンケート結果がある。

本書では、それぞれの立場からみた公文式評をまとめている。

 

◆現役東大生に「公文式をやってた利点」について聞いた答えとして、

・計算力が役立った(数学だけでなく化学でも高い計算力が必要)

・とにかく先に進めるところ。

・英語を先まで進み得意になっておいたおかげでできた時間的余裕をほかの苦手科目に充てられたこと

・机に座る習慣、学習習慣が身に付く。普通の子供は机に向かって鉛筆を持つのも苦痛という子が多い。

・時間の意識を大事にするようになる。教材には目安の時間があるため。

・逆にデメリットとしては、基本問題は難なくできるが、応用問題になると手が止まること。公文式は単純作業を繰り返し処理能力は向上するが考える力を養わない。

・何回も繰り返すので、しつこさがある。

・正解するまで答えを教えてくれない。

 

◆(公文公の言葉から)

・子供が嫌がると言って簡単に学習を中断する母親がいるが、我が子に学力をつけるよりも子供の感情や意見を尊重することを選ぶ方針ならそれでもいいが、子供が多少嫌がろうとも、将来安心できるような必要最低限の学力をつける方法を講じてやることは親としての義務と考える。

・生身の人間なので規則正しく一定のペースで進みつづけるのは困難。その時はその子の能力に適した「ちょうどの学習」をさせ無理なことをさせない。

・「ちょうどの学習」とは適温の湯に浸かっているという意味ではなく、ちょっとしんどいが頑張ればやれないこともないくらいの負荷をかけることを意味する。

 

◆(子を公文式に通わせる親、指導者の言葉から)

公文式は学習内容そのものだけでなく、泥臭く地味で孤独なことを乗り越える経験、そしてできる喜びや楽しさを味わう経験ができる家庭学習。鍛錬の要素も強い。そういう経験も大切で子の財産になる。

・すぐに結果を求めない。ある程度の期間は継続してみる。

・親が、子供がどんな内容を学習しているのか関心をもつことが大切。親が関心をもつだけで子供の進度や意欲に差がでる。

・(すぐにやめてしまう生徒がいることについて)次第につらいことや大変なことが出てきたときに継続するか決めるのは親。「うちは子供に決めさせる」と子供の意見を尊重するのは良いことのようだが、本当にやらなければいけないことは多くの場合子供に決めさせてはいけない。なぜうちは公文式をやっているのか、どんな力を付けたいのか、を明確に持ち、多少つらい時期があっても応援して乗り切らせなければならない。

・長く続けている家庭では、宿題をやってから遊ぶ、教材をどこまで進むか目標を共有していたりする。ほったらかしは成果があがらない、親の関与度が高いプログラムである。

 

◆(しかしある名門校の教師や受験塾の講師の評価は…)

・人は何か新しいことを学ぶとき、すでに自分のものになっている手持ちのものを使って、新しいことを理解しようとする。それをうまくやれる子とやれない子がいる。すでに学んだことをどれだけ抽象的なレベルにまで落とし込んで理解しているかの違いだ。

・「1を聞いて10を知る力」のある子は、この抽象的理解が優れている子である。そういう子は初めての場面でもすでにある手持ちのものとの抽象的な共通点をその中に見出すことができる。

公文式の教材はステップ幅が小さいため無理なく学び進めていける反面、「1を聞いて10を知る力」が身についていなくても小学校のうちは満点が取れてしまう。だが実際には一度やったことを再現できるようになっただけである。この成功体験のせいで、中学以降、勉強の難易度が上がっても、公文式で培った”再現する・解き方を覚える”という勉強方法を変えられなくなる。

公文式で「やればできる」自信をつけた後は、もっとステップ幅の広い教材へのシフトチェンジが必要。

・公文を利用するメリットを享受するためのスタイルとしては、幼児期に算数スタート、教室に慣れたら国語スタート、小学校中学年段階で中学レベル修了を目指す。その後は英語のみに切り替え、算国理社は進学塾に任せる。なお英語は、幼児期に英会話教室で会話中心の体験をしておくことで公文での英語学習の素地を作っておくのも良い。

 

◆総括

公文式の算数は計算力を効率よく向上させることに特化したシンプルな専用ツールである。

・そのツールを使う過程で、コツコツ続ける力、教えてもらうことなくヒントから類推し自ら気付く力=学習習慣と自学自習の姿勢が身につく。

・与えられた課題はとにかくやるもの、面倒でも逃げずに取り組む忍耐力も鍛えられる。

・反面、弊害として、理解を深める楽しさを奪う、完璧主義になる、便利な道具(原理を理解しなくともただ方程式を覚えて使う)に頼ってしまう点がある。

 

 

クレームとご意見とご提案の境目

30歳を過ぎてから強く自覚するようになったことがある。

それは、自分が”クレーマー気質”なのかもしれないということ。

お店や病院、子供が通う園などで、不都合なことがあったり理不尽な思いをした時、合理的ではないオペレーションを目の当たりにした時、その気質は発動され、一言指摘しておかないと気が済まなくなる。しかしそれは、(あくまで指摘しようとするその瞬間は)自分の怒りをぶちまけたいわけではなくて、「今後もこの場所を利用するであろう自分やその他大勢の人が、同じ思いをしなくて済むように」という正義感に基づいていて、”いまここで私が言わなければ”という気持ちが指摘する動機の7割を占めている。

しかし数時間後、気持ちが落ち着いたあとに思い返すと、正義感は3割で、その時の苛々を発散する目的が7割だったのではないか、と反省することも多々ある。

今日もそんな出来事があった。

久々に歯医者に行き、まずレントゲン室で写真を撮ることになった。

歯科衛生士(おそらく20代)から、手荷物をかご(洗濯物かごのような深めの多分ポリエチレン製のもの)に入れるよう指示があったあと、掛けていた眼鏡もそのかごに置くように言われた。先に置いた自分の手荷物は固めの素材のショルダーバックで、その中に眼鏡をそっと入れることはできないため、かごの底に置くしかないようだった。しかしそのかごの底面には小さなゴミらしきものが落ちていて、そこに直に眼鏡を置くことが憚られたため、「眼鏡置き場はないんですか?」と聞くも、ないとのこと。

続いて「手に持ってたらだめですか?」と聞くも手にモノは持てないとのこと。

 

ここで ”眼鏡を外すことが必要な場所なら眼鏡置き場くらい作ったらどうでしょう” という言葉が喉まで上がってきたが、いったん飲み込んで、諦めてかごに入れるしかない状況に悔しさを溢れさせながら眼鏡を外したあと、コートのポケットに入れることを思いつき、それは許可され、無事にかごに眼鏡を入れる必要はなくなった。

 

ここまで粘る自分も相当な社会不適合感があるが、歯科医院側も眼鏡を置く場所くらい用意すべきではないのか、私のように戸惑う患者が他にも大勢いるのではないか、という正義感から、眼鏡を置く場所を作ってほしい件についてどう伝えたら穏便に意見を受け入れてもらえるか、レントゲン写真を撮られている間ずっと頭を回転させていた。

 

ここで1つ懸念点が浮かぶ。

この意見を、自分の伝え方のミスにより歯科衛生士に”クレーム”と捉えられた場合、気を悪くした歯科衛生士のモチベーションが下がることによって、このあとの治療で自分が雑な処置を受ける可能性があるのではないか。

万全な治療を期すため、意見は帰り際に伝えることに決めた。

そして帰り際、「すみません治療と関係ないんですが・・」と声をかけ、「レントゲン室に眼鏡置き場があった方がいいと思います、荷物入れに直に置くのはちょっとあれなので・・」と、自分的にはかなり穏便な言い方で、クレームやご意見というよりも”ご提案”という形を装って伝えた。

それを聞いた歯科衛生士の目は冷たかった。マスクで目元しか見えないが、おそらく口角も下がっていたに違いない。そして一言、『ご意見として伺っておきます』と、改善される見込みほぼ0のトーンで言われたのである。

また悔しさと怒りがふつふつと湧いてきてしまう。まるでクレーマーに対応するときのトーンとセリフで返されてしまった。この人ではダメだ。絶対にもう一人捕まえて、意見をしっかりと受け止めてもらわないといけない!!私は躁状態になってしまった。

私は、ベテランそうな歯科衛生士が近くを通るのを待った。そして「すみません、」と話しかけ、同じように意見を伝えた。

すると思いがけない返事がある。

レントゲン室に眼鏡置き場は実は作ってあり、そのスタッフが知らなかっただけということだった。ベテランそうな歯科衛生士は、その情報がスタッフ全員に共有できていなかったことを詫びてくれた。

一気に気持ちがスーッと落ち着いたと同時に、こういうことは最初から人を選んで伝えた方がいいなと思った。

ベテラン歯科衛生士さんは仕事ができそうだったし、このあと本当にスタッフにこの情報を共有してくれそうな感じがしたので、2人目を捕まえてまで意見するのはやりすぎな気もしたが、やっぱり伝えて良かったと思った。

クレーマーと認識されないようにしながら、意見を受け入れてもらえる技術も磨いていかないといけないと改めて感じた出来事だった。

 

かの有名な焼肉店

首都圏にしか存在しないと思っていたその店が、いつの間にか近くにできていたのを昨年知り、本日初めて食べに来た、叙々苑

ネットで調べると一人では入りづらい雰囲気だったため、母を連れて。

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女性の店員さんの8割がお着物を召しておられて、風情がある。

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私的に大変ありがたかったのが、着てきたコートや鞄に焼肉臭がつかないよう布をかけてくれたこと。焼肉店を選ぶときに ”換気システムがどれくらい機能している店か” が重要な指標となっている私には、万全っぽい換気システム+この布はかなり高評価(実際、帰宅後も臭いが気にならなかった)。

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頼んだのは3千円の焼肉ランチと4千円のミックスランチ+ハーフ牛タンを追加 を2人で分けた。3千円の方のお肉は「和牛肉の合わせ加工肉」と書かれており、加工肉の文字に頼むのを躊躇したが、お店の方に「柔らかくおいしいですよ」と勧められたのと、4千円のミックスランチ(赤身ロースとカルビ)より上はもう6千円オーバーだったのでさすがに諦め、上記の2種のランチを頼むこととした。

結果、加工肉はおいしかった。焼肉弁当とかに入ってる、部位は謎だけどなんか柔らかくておいしいお肉 という感じだった。

普段、焼肉といえばサガリを主食としている私にとって、カルビは脂っぽいし、赤身ロースはさっぱりしすぎているし、加工肉でちょうどよかったっぽい。

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〆のデザートは杏仁豆腐かアイスクリームが選べる。

 

ランチタイムでこの価格帯なので、ディナータイムはやはり相当単価が高そうだった。庶民的には、もう少し大衆向けの焼肉店で、"上"や"特上"と名のついたお肉を心置きなく頼んで食べる方が満足度は高そう。

連絡帳

認定こども園1歳児クラス(今はほぼ全員2歳)に通う次女の2月2日の連絡帳。

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下線部のところで非常に萌えてしまった。

これで萌えるのはさすがに当人の親しかいないだろうが、この文を見返すたび情景が目に浮かび萌え萌えキュン(死語)してしまう。

壁に貼ってあるニセモノの鬼に意気揚々と豆様のものを投げていたら、本物の鬼っぽいのが来て後ずさりしつつも、泣かずに頑張って、3個、投げていたのである。

2個でもなく4個でもなく、3個という数なのも良い。

3個っていう個数をちゃんと数えていた保育士さんもすごい。

保育士1人につき3~4人の幼児を見る配置状況の中、豆まきで子供が投げた個数まで把握しているものだろうか。

数が適当だとしても、結果としてほっこりできたので感謝。

未就学児時代から始まる女子特有の世界

認定こども園年長の長女が先日、クラスの子に一緒に遊ぼうと声を掛けたら、「○○ちゃん(別の子)と遊ぶ約束してるから」と断られたと、悲しい顔で言ってきた。

 

私は、女子特有のあの感じを思い出して心底怒りが込み上げてきてしまった。

「遊ぶ約束」ってなんだよ と。放課後家にいく約束をしていたとか、2人じゃないとできないボードゲームをするとかならわかるけど、同じクラス内の自由遊び時間の話である。

 

長女側の原因も考えたが、友人間でトラブルを起こすようなことは担任から聞いたことはないし、断った女児はただの悪気のない一言を放っただけのように思えた。

でもその悪気のない一言を言われた方はなんともいえない悲しい気持ちになる。

遊ぶ人数が2人から3人になったところで、その断った相手を悲しい気持ちにさせること以上になんの不利益があるのだろうか。

(それでも2人きりの方が楽しいし…)と内心思うこともまぁあるだろうが、その気持ちを一旦心の内に留めておいて、仲間に入れてやれよ と。

そう私は怒っていたが、普通の6歳児にその配慮を求めるのは難しいんだろう。

というか、こんなことはまだまだ序の口で、小学生になったらもっと辛辣なやりとりがでてくるだろうし、友人関係も傷つけ傷つけられの連続なんだろうと想像すると、過去の自分の経験を思い出して具合が悪くなってきた。

 

自分が子供の頃も、上記の例でいうと断られる側を経験したことはあるが、断る側をした記憶があまりない(というか誘いを断るという行為はクラス内で人気の子にだけよく発生する…?)。

仲間にいれてもらえない経験をすると、それがどれほど残酷で悲しいことか理解するので、同じことを相手にできなかったんだと思う(してたらごめんなさい)。

だから自分の子供にも、自分がされて悲しかったことは相手にもしないでねってことを伝えていこうと思う。そして、言われた相手が悲しむことを想像できずに発言する人たちも沢山いて、傷つくこともあると思うけど、自分はその人達のようにならないでねと。

私自身が子供時代をうまく生きてこられなかったのに、こんなアドバイスをしていいのか、していい立場なのか、これでいいのか、わからないし不安なんだけど。

女子の世界って本当に面倒くさいな・・・。